「歯周病だとインプラントはできない」は本当?治療を受けるための条件と、治療後の最大のリスク
こんにちは。大阪府吹田市の歯医者、とよつ歯科・矯正歯科 院長の気比 洋彰(けひ ひろあき)です。インプラント治療を希望されてカウンセリングにお越しになる患者様から、「以前、歯周病で歯を抜いた経験があるのですが、私でもインプラント治療は受けられますか?」というご質問をいただくことが、非常に多くあります。
歯を失う最大の原因である「歯周病」。その歯周病によって歯を失った方が、インプラントという選択肢を考えるのは、至極当然のことです。しかし、インターネットなどでは「歯周病だとインプラントはできない」といった情報も見られ、不安に感じていらっしゃる方も少なくないでしょう。
結論から申し上げますと、その答えは「いいえ、しかし、厳しい条件があります」となります。今回は、歯周病とインプラント治療の、この深く、そして避けては通れない関係について。なぜ歯周病がインプラントの“天敵”とまで言われるのか、そして、歯周病を克服して安全にインプラント治療を受けるための条件、さらには治療後に待ち受ける最大のリスクについて、詳しく解説していきます。
目次
目次
- なぜ歯周病が問題に?インプラントと天然歯の「決定的な違い」 2.【治療前】歯周病の方がインプラントを受けるための絶対条件 3.【治療後】インプラント最大の敵「インプラント周囲炎」という病
- なぜインプラント周囲炎は怖いのか?静かに進行し、気づけば手遅れに
- 生涯にわたるパートナーシップ。インプラントを守るためのメンテナンス
- まとめ
1. なぜ歯周病が問題に?インプラントと天然歯の「決定的な違い」
まず、なぜこれほどまでに歯周病がインプラント治療において重要視されるのかをご説明します。それは、インプラントと、私たちが本来持っている天然の歯とでは、細菌に対する「防御力」に決定的な違いがあるからです。
天然の歯は、「歯根膜(しこんまく)」という、歯と顎の骨の間にある薄いクッションのような組織に守られています。この歯根膜には、血管が豊富に存在し、細菌が侵入してきた際には、血液中の免疫細胞が駆けつけて細菌と戦ってくれる、強力な防御システムが備わっています。
一方、インプラントには、この歯根膜が存在しません。 チタン製のインプラント体は、顎の骨と直接結合しています。そのため、インプラントの周りに歯周病菌が付着し、歯茎の内部に侵入を始めると、それを食い止めるための防御壁が非常に脆いのです。天然歯であれば歯肉炎(歯茎の炎症)の段階で食い止められるような細菌の攻撃も、インプラントの場合は、いとも簡単に骨のレベルまで到達し、深刻なダメージを与えてしまいます。この「防御力の差」こそが、歯周病の方がインプラント治療を受ける際に、特別な注意が必要となる根本的な理由です。
2.【治療前】歯周病の方がインプラントを受けるための絶対条件
「現在、歯周病にかかっている」あるいは「過去に歯周病で歯を失った」という方が、安全にインプラント治療を受けるためには、避けては通れない絶対的な条件があります。
それは、**「インプラント治療を開始する前に、お口の中から歯周病菌を徹底的に排除し、歯周病を完全にコントロールされた状態にすること」**です。
具体的には、スケーリング(歯石除去)やルートプレーニング(歯の根の表面を滑らかにする処置)といった、専門的な歯周基本治療を完了させる必要があります。歯茎の炎症がなくなり、歯周ポケットの数値が安定し、そして何よりも、患者様ご自身が正しいブラッシング技術を習得し、高いレベルでのセルフケアを毎日実践できるようになること。これが、インプラント治療のスタートラインに立つための「パスポート」となります。
歯周病が活動中の、いわば“火事がくすぶっている”お口の中にインプラントを埋め込むことは、火の中に油を注ぐようなものです。インプラントがすぐにダメになってしまうだけでなく、周りの健康な歯にも悪影響を及ぼしかねません。焦らず、まずは歯周病という土台の病気をしっかりと治すこと。それが、インプラント治療成功への、一番の近道なのです。
3.【治療後】インプラント最大の敵「インプラント周囲炎」という病
無事に歯周病治療を終え、インプラント手術が成功したとしても、それで終わりではありません。むしろ、ここからが本当の戦いの始まりです。インプラントにとって、生涯にわたる最大の敵、それが「インプラント周囲炎」です。
インプラント周囲炎とは、その名の通り、インプラントの周りの組織に起こる炎症性疾患で、メカニズムは歯周病と全く同じです。
- インプラントの周りに歯垢(プラーク)が付着する。
- 歯垢の中の細菌が毒素を出し、歯茎が炎症を起こす(インプラント周囲粘膜炎)。この段階は、歯周病でいう歯肉炎にあたり、まだ引き返せます。
- 炎症がさらに内部に進行し、インプラントを支えている顎の骨を溶かし始める(インプラント周囲炎)。ここまで進行すると、歯周病と同様、失われた骨を元に戻すことは非常に困難です。
歯周病にかかりやすい体質(遺伝的要因や生活習慣)の方は、当然ながら、インプラント周囲炎にもかかりやすい、というハイリスクな状態にあります。一度歯周病で歯を失った経験のある方は、人一倍の注意とケアが必要になるのです。
4. なぜインプラント周囲炎は怖いのか?静かに進行し、気づけば手遅れに
インプラント周囲炎が「サイレント・キラー(静かなる殺し屋)」と呼ばれるのには、いくつかの怖い特徴があるからです。
- 自覚症状がほとんどない:天然歯の歯周病であれば、「歯茎から血が出る」「歯がグラグラする」といったサインが出やすいですが、インプラントは神経がないため、かなり進行するまで痛みや腫れといった自覚症状が出にくい傾向にあります。
- 進行が非常に速い:前述の通り、インプラントには歯根膜という防御壁がありません。そのため、一度発症すると、天然歯の歯周病に比べて、進行スピードが非常に速いと言われています。
- 治療が困難:進行してしまったインプラント周囲炎の治療は、非常に困難を極めます。インプラント体の表面は複雑な構造をしており、そこに付着した細菌を完全に取り除くことは難しく、最終的にはインプラントを撤去せざるを得ないケースも少なくありません。
「何も問題ないから」と自己判断でメンテナンスを怠っていると、数年ぶりに歯科医院を受診した際には、「もう手遅れです」と宣告されてしまう。それが、インプラント周囲炎の最も恐ろしいシナリオです。
5. 生涯にわたるパートナーシップ。インプラントを守るためのメンテナンス
では、この恐ろしいインプラント周囲炎から、大切なインプラントを守るためにはどうすれば良いのでしょうか。答えは一つしかありません。「徹底したセルフケア」と「定期的なプロフェッショナルケア」の両立です。
- セルフケア:毎日の歯磨きが基本です。歯ブラシだけでなく、歯間ブラシやデンタルフロス、タフトブラシなどを駆使して、インプラントの周りを徹底的に清掃する技術を習得し、実践し続ける必要があります。
- プロフェッショナルケア:ご自身のケアだけでは取り除けない汚れ(バイオフィルム)を、歯科医院で専門的な器具を使って定期的に除去します。3ヶ月~4ヶ月に1回のペースでのメンテナンスが推奨されます。これは、インプラントの状態をチェックし、万が一、周囲炎の兆候が見られても、ごく初期の段階で発見し、介入するための「健康診断」でもあります。
この、生涯にわたるメンテナンスは、患者様と私たち歯科医院との「パートナーシップ」であると、私は考えています。
まとめ
歯周病とインプラントの関係について、その厳しさをご理解いただけたでしょうか。
- 歯周病の方は、まず歯周病を完全にコントロールされた状態にしなければ、インプラント治療は開始できない。
- 治療後も、歯周病とそっくりの病**「インプラント周囲炎」になるリスクが非常に高い。**
- インプラント周囲炎は、自覚症状がなく、進行が速いため非常に怖い病気である。
- インプラントを生涯守り続けるためには、徹底したセルフケアと、定期的なプロのメンテナンスが絶対に不可欠。
歯周病で歯を失ったあなたにとって、インプラントは失った機能と自信を取り戻すための、素晴らしい選択肢となり得ます。しかし、それは同時に、「もう二度と、同じ過ち(ケア不足による喪失)を繰り返さない」という、強い覚悟と努力が求められる道でもあります。私たち専門家は、その覚悟を持ったあなたを、全力でサポートすることをお約束します。